2015年9月5-6日:IGCP609第3回国際ワークショップ(中国・南京大学)に参加し発表

2015年9月5-6日に行われた,IGCP(地質科学国際研究計画)609第3回国際ワークショップ「白亜紀海水準変動」に安藤教授が参加し,IGCP608「白亜紀アジア-西太平洋生態系」の活動紹介をする招待講演をしました.

 

  • 日本地質学会ニュース(2015年11月号)にも報告記事として紹介されます.
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    招待講演
    10:00-10:30 Session 1 IGCP Projects
    Hisao Ando
    Current status of IGCP 608 "Asia-Pacific Cretaceous Ecosystems" and the further cooperation with IGCP 609

     

     安藤教授がリーダーを務めるIGCP 608「白亜紀のアジア-西太平洋地域の生態系システムと環境変動」 "Cretaceous Ecosystems and Their Responses to Paleoenvironmental Changes in Asia and the Western Pacific" には,活動時期(2013-2017年)を同じくするIGCP609,および1年後に開始したIGCP632(2014-2018年)という姉妹プロジェクトがあります.
     IGCP609は,IGCP608と番号ひとつ違いで2011年に提案されたが採択されず,IGCP608と同様に翌年の再提案が採択された,白亜紀を冠するプロジェクトです.IGCP608がIGCP507を後継したように,IGCP609はIGCP555を後継しています.オーストラリア・ウィーン大学のMichael Wagreich 教授を筆頭リーダーとし,「温室期の気候-環境悪化:白亜紀の短期海水準変動の原因と結果」"Climate-environmental Deteriorations during Greenhouse Phases: Causes and Consequences of Short-term Cretaceous Sea-level Changes" (略称:白亜紀海水準変動 Cretaceous sea-level changes)と称します.主力メンバーは欧米と中国で,研究対象は海成層が主体となっています.
     一方,IGCP 632は,IGCP608のメンバーでもある南京地質古生物研究所・元所長の沙 金庚教授をリーダーとする,"Continental Crises of the Jurassic: Major Extinction Events and Environmental Changes within Lacustrine Ecosystems"(略称:ジュラ紀陸域の危機Continental Crisis of the Jurassic)というプロジェクトです.地層の時代は違えども指向する研究はかなり類似しています.これら3つのプロジェクトは,いずれも本年8月中旬から9月中旬の1か月の間に中国で集会を行っています.3プロジェクトは,メンバーがいくらか重なっているので,それぞれ何らかの共催を検討したようですが,IGCP608がMTE-12 (12th International Symposium on Mesozoic Terrestrial Paleoecosystems)と合同で行った以外は,時期をずらしての別々の開催となりました.
     UNESCOの研究プロジェクトでもあるIGCPは,他のIGCPやそれ以外のプロジェクト等との協力や連携を重視しています.安藤自身もIGCP609,632に名を連ねています.そこで,IGCP609の第3回ワークショップに参加して,IGCP608とIGCP609協力の実績を残し,IGCP608の残る2年の活動におけるIGCP609との連携の可能性を模索することとしました.

    ◆ワークショップ◆
     IGCP609の第3回の国際集会は,"International Workshop on Climate and Environmental Evolution in the Mesozoic Greenhouse World and 3rd IGCP609 Workshop on Cretaceous Se-level Change"と称して,9月6日(日),7日(月)の二日間,南京大学仙林キャンパスにある,地球科学・工学院1階の講義室および廊下で行われました.これには,海外16名,学生スタッフを含め中国32名の計48名が参加しました(写真1).参加国は中国を含め8か国からで日本からは安藤のみでした.
     9月6日(日)の午前最初に,開会セッションとして南京大学副学長,地球科学・工学院長の挨拶があった後,以下5つのセッションが行われ,計30件の口頭発表がありました.そのうち,7件は招待講演でした.
        1) IGCP projects (招待3件)
        2) Crertacous sea-level change (招待1件+5件)
        3) Mesozoic climate and environmental changes (招待2件+4件)
        4) Mesozoic terrestrial environments and geobiological evolution (招待1件+8件)
        5) Mesozoic abrupt palaeoenvironmental change and major geological events (6件)
    ポスター発表は4件で廊下ロビーの休憩コーナーで行われました.
     全体として小振りな集会でしたが,招待講演者にWilliam Hay, Bilal Haq, Brian Huber (いずれも米国) の大御所3氏がおり,それぞれ白亜紀に関する研究動向や新たな視点を総括した講演は大いに参考になりました.
     最初の1) IGCP projectsのセッションでは,IGCP609,632そして608の3人のリーダーが,それぞれのプロジェクトを紹介するものとなり,研究の指向性や活動状況などそれぞれの持ち味が表現されたものとなりました.安藤も8月に終わったばかりの中国・瀋陽でのMTE-12との共同集会やこれまでの活動概要,今後の予定などを紹介しました(写真2).
     2) 白亜紀海水準変動のセッションでは1980年代後半にHaq曲線を発表した事で知られるBilal Haq氏がHaq (2014) の成果を示した上で,ユースタシーと構造運動の相互作用が海水準変動に及ぼす影響の捉え方について,地球物理学分野と層序学・地質学分野とで収束しつつあることを指摘しました(写真3).様々なモデルが海水準変動の諸要因を説明できるようになってきたが,それでも第3オーダーの変動は説明がついたと言えないといいます.
     3) の気候と環境変動のセッションでは,白亜紀古海洋学で著名なBrian Huber氏が白亜紀中期の気候変動,特にチューロニアン期の最温暖期や白亜紀中期の氷床形成についての論争をレビューし,自身を含めた最新の研究を紹介し,氷床の存在は支持されないと結論付けていました.
     4) 陸生環境と地質古生物進化のセッションでは,気候変動モデリングで多くの影響ある論文を多数発表しているコロラド大のWilliam Hay氏が,白亜紀中期の大気におけるハドレー循環の変化に伴う湿潤化・気候モード変化と,蛇行河川堆積相の卓越,恐竜の湿地生半水生生態とを関連付ける興味深い内容の発表をしました.IGCP608メンバーで,モンゴル白亜紀湖成層研究グループの一員でもある,長谷川精氏(名古屋大博物館)の論文を引用しての講演には,日本から発信した研究成果が評価されていることに勇気づけられる思いがしました.
     セッションは欧米の研究者によるケーススタディのほか,中国地質大学や南京大学の研究者や大学院学生の発表が多くありました.大学院学生諸氏の英語は発音が決して聞きやすくはありませんが,こなれた英語で堂々と発表する姿は参考になりました.IGCP609が白亜紀の海水準変動を指向するため,研究対象は海成層が主体で,炭酸塩岩の研究もいくらかありました.中国の白亜系では海成層が少ないため,松遼盆地の陸成層中への海成層の差込(incursion)や,熱河層群における湖成層中の二枚貝密集層形成過程(タフォノミー),貝エビ類・貝形虫類化石層序によるジュラ紀-白亜紀境界(Li and Matsuoka, 2015)など,中国ならでは発表もいくつかありました.
     2日目,9月7日(月)の最後の討論では,IGCP609の今後の活動やIGCP608との連携などが検討されました.次回の第4回のWorkshopは英国プリマス大学のM. Hart氏がホストとして行われることが案内され,第5回はWagreich氏のウィーン大学での開催が計画されています.今回の論文集はGlobal and Planetary Changeを目指すとのことで,昨年の集会の論文集がElsevierのPalaeo-3誌で10数論文が査読中であることも紹介されました.欧米中主体の白亜紀研究ネットワークの強さを示す一面が感じられました.IGCP608との連携については,来年8月の第35回IGC(南アフリカ・ケープタウン)においてワークショップもしくはシンポジウムをWagreich,安藤,Wang Chengshan (中国地質大 王 成善)の3名で提案することとなりました.このシンポジウムについては9月29日の段階で追加提案が認められ,応募が始まっています.
     本集会には日本からは安藤のみの参加でしたが,中国地質大の王 成善氏が,ヒマラヤの白亜系研究,ICDP松遼盆地白亜系掘削,IGCP555等を通して築いてきた研究ネットワークが,今回のホストである南京大学の若きHu Xiumian(胡 修棉)教授に継承された様子も知ることができました(写真4).
     なお,今回の集会の概要は,いずれIGCP609のWebsiteでも閲覧できるようになるでしょう.

    ◆地質巡検◆
     シンポジウム終了後,翌日の9月8日から11日の4日間,南京から江蘇省,浙江省,江西省と巡る,中国南東部の白亜系層序・堆積に関する巡検が開催されました.これには外国人14名(安藤を含む)と中国人8名の22名が参加しました.バスの走行距離は何と2,400kmをこえる中国サイズの巡検でした.1日平均550 kmを超える距離を移動したことになります.したがって,観察露頭の数は多くないが,重要かつ代表的な地層が厳選されていました.案内者は今回のホストを務める南京大の胡 修棉氏と,同大の同僚の李 祥輝(Li Xianghui:IGCP608メンバーでもある)氏でした.
     中国南東部の南京から南東約1000kmにかけての白亜系は,古生界~ジュラ系の先白亜系基盤に重なる,独立した小規模(中国大陸のサイズで)な山間堆積盆地に散在しています.個々の堆積盆(今回観察したのは,南京,貴渓,衢州,建徳地域)で層序区分や名称が異なるが,下部白亜系が火山岩を主体とし,上部白亜系は砂漠成相や河川-湖成相の陸成層で特徴づけられます.近年は凝灰岩に含まれるジルコンのU-Pb年代測定が盛んに行われるようになり,年代論や層序・地史の再構築が可能となったようです.テクトニクスとしては古太平洋に面した大陸火成弧の背景にあったとされています.南京から南東数100 kmにかけて高速道路を駆け抜けた道中には,標高数百m規模の数列の山稜が続いており,白亜系火山岩が広範に露出している様子も見ることができました.

     初日はまず,St 1-1の南京市内北部の長江南岸をなす高台(燕子磯公園)に露出する,礫岩~礫質砂岩の上部白亜系Pukou層でした.古生界由来の石灰岩や珪質岩の亜角礫が卓越する分級の悪い厚層礫岩の特徴から,砂礫質扇状地上相とみなされています.St 1-2は,南京中心街から40 km程南下した鎮江市赤山の赤山(Chishan)層でした,地名の通り赤褐色の砂漠成細粒~中粒砂岩層が厚さ50mを超えて露出していました(写真5).北東方向を示す風成の平板斜交層理もよく発達しているが,多くの層準で生痕化石が見られかなり生物擾乱を受けているのが確認できました.St 1-3では,2001年にIUGSによってP/T境界のGSSP(国際標準模式層断面及び地点)と指定された,有名な浙江省の煤山 (Meishan) セクションを見学しました.採石場跡のA-Dセクションは大規模な地質公園(国家級地質遺跡保護区)として整備され,AとDは公園内で保護されています.Dを一望できる公園にはP/T境界を記念する大きな石塔や石碑が設置されています.その間のB,Cは直接露頭に近づくことができるので,今回はBでP-T境界を観察しました.黒色泥岩(厚さ約10cm)に重なる灰色石灰岩(15cm)中に境界があります.地球史上最大の絶滅イベントを画する境界が何の変哲もない石灰岩中に認められていることに,拍子抜けするような気がしました.一方,ペルム紀後期の長興 (Changhsingian)/呉家坪 (Wuchiapingian) 期境界層は,D東側の崖面下に石碑があり,露頭へ階段で上がれるようになっていました.さらにそこには厚さ3m分の地質柱状図が刻まれた石碑があり,石灰岩中のどこに境界があるのかが示されていました.
     2日目は,午前中に250 kmもバスで移動し,江西省貴渓 (Guixi) 地域の上部白亜系を見学しました.貴渓市の信江沿いの大きな公園で昼食をとった後に,大規模な石切場の一角で亀峰 (Guifeng) 層群Tangbian層の陸成砂岩層を観察しました.風成の前置斜交層理と間欠的に生痕が発達する葉理が繰り返す岩相でした.固結度は高くありませんが,石材として大規模に採掘されていました.その後は予定を変更して,40kmほど離れた,世界ジオパークとなっている龍虎山(Longhushan)を訪れました.龍虎山は丹霞(たんか)地形の一つとして2010年に世界自然遺産にも選ばれた大観光地として知られています.層厚数100mにも達する上部白亜系亀峰 (Guifeng) 層群河口(Hekou) 層の赤色礫岩層が20-30°で傾斜した大規模な差別浸食地形です.釣鐘型の巨大な岩体が林立しており,我々は公園内北部にある高空桟橋と呼ばれた,垂直に近い断崖下部に飛び出すように設けられた板床の遊歩道を楽しむことができました.断崖絶壁の間の峡谷地形や割れ目を縫うように複雑に屈曲しており,スリル満点でした.本巡検の最大のハイライトであることは間違いありません(写真6).礫岩層はいずれも分級の悪い基質支持の角礫岩が連続する比較的均質な層相で,断層地形沿いの大規模な扇状地上部の土石流堆積物が厚く累重したものと見受けられました.
     その日はさらに予定を変更して,江西省の鷹潭(Yingtan)北駅から高速鉄道で浙江省の衢州(Quzhou)駅までの200 km強を50分ほどで移動しました.多くの外国人参加者は中国の時速300 kmの高速鉄道を初めて体験することとなりました(写真7).鷹潭北駅で待った50分ほどが長く感じられました.
     第3日目は衢州から60kmほど東に戻った建徳(Jiande)地域の下部?中部白亜系を見学しました.St 3-1ではセノマニアンとされる建徳層の湖成頁岩相を観察しました.その後,下部白亜系の火山砕屑岩(St 3-2:Huangian層,オーテリビアンーアプチアン,写真8),河川成砂岩泥炭互層(3-3:Shouchang層:バレミアン-アプチアン)および古土壌相の石灰質泥岩層(3-4:Henshan層:アプチアン)を下位から上位に向かって見学しました.その日の午後は,延々と400 kmを超える道のりをバスで東シナ海に面した浙江省寧波市象山県石浦に向かいました.
     最終目は,石浦(Shipu)の陽光海岸ホテルに近い沙塘湾沿い(St 4-1)の,火山砕屑岩から礫岩とそれに挟在する潮間帯成石灰岩の層序を見る予定でした.ストロマトライト・石灰藻類・魚卵石・生砕物・ミクライト等の異なる石灰岩相が見られるとのことでしたが,潮位の関係で石灰岩は水没しており,まったく観察できませんでした.
     石浦の旧市街地の歴史的な門前町の商店街を散策した後,南京に戻る途(450 km)につきました.途中,7,000~5,500年前の人類遺跡である川姆渡遺跡博物館に立ち寄り,縄文時代と同時代の長江下流域に稲作文化が起こっていた事を学びました.その後,潮流が大規模に逆流することで有名な銭塘江河口の杭州湾にかかる,杭州湾海上大橋の駐車エリア(海天一洲)で小休憩しました.巨大なエスチュアリーに架かる約36 kmの世界第三位の長大橋に,外国人参加者一同感動の連続でした.夜8時過ぎに南京大学旧キャンパスの宿泊所(南苑会議センター)に無事到着し巡検が終了しました.
     今回の巡検は,移動距離が多く現地での見学の時間を多くとることはできず,4日の日程にしては内容も濃いとまでいえなかったが,中国南東部の白亜系陸成層の全貌をつかむ巡検としては,非常によく準備され種々配慮されたものでした.何より,外国人参加者が地層や自然だけでなく,中華料理,町並み,文化などに触れて,非常に楽しい和気あいあいの雰囲気でした.

     今回のワークショップ・巡検では南京大学の胡 修棉氏と李 祥輝氏,そして学生の方々やスタッフの方々には大変にお世話になりました.また,Michael Wagreich,Bilal Haq,Brian Huber氏ら外国人参加者とは有意義な交流を重ねることができました.この場をかりて感謝いたします.


    写真1 南京大学地球科学・工学院棟前での記念撮影.  ページ先頭へ戻る


    写真2 IGCPセッションで招待講演をする安藤教授.  ページ先頭へ戻る


    写真3 シンポジウムの会場で. IGCP609リーダーのWagreich氏と招待講演するHaq氏  ページ先頭へ戻る


    写真4 初日夜の夕食会.左からHu Xiumian(胡 修棉),安藤,William Hay,Michael Wagreich,手前の白髪はBilal Haq氏.  ページ先頭へ戻る


    写真5 南京市郊外南方の上部白亜系赤山(Chishan)層の風成砂岩層(St 1-2)  ページ先頭へ戻る


    写真6 世界自然遺産丹霞(たんか)地形の一つとなっている,世界ジオパーク龍虎山(Longhushan).上部白亜系赤色礫岩層の断崖絶壁にかかる高空桟橋.  ページ先頭へ戻る


    写真7 江西省の鷹潭北駅から浙江省の衢州駅への移動での車中.  ページ先頭へ戻る


    写真8 下部白亜系の火山砕屑岩(St 3-2:Huangian層,オーテリビアンーアプチアン)についてパネルで説明する李 祥輝(Li Xianghui)氏  ページ先頭へ戻る

     

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