2016年8月15日-20日:IGCP608第4回国際研究集会(ロシア・ノヴォシビルスク)が盛会裏に終了

2016年8月15日(月)-20日(土)に,安藤教授がリーダーを務めるIGCP(地質科学国際研究計画)608(2013-2017年)の,第4回国際研究集会「白亜紀のアジア−西太平洋地域の生態系システムと環境変動」が,ロシアのノヴォシビルスクにあるロシア科学アカデミー(RAS)シベリア支部(SB)Trofimuk石油地質・地球物理学研究所(IPGG)で成功裏に行われました.
その模様はIGCP608のホームページで紹介されています.

また,日本地質学会ニュース(2016年10月号)にも報告記事として紹介されます.

第4回 国際シンポジウム
 IGCP608 (2013-2017) の4回目となる今回のシンポジウムは,ロシアのIGCP608地域リーダーでIPGGのボリス・シュリーギン(Boris Shurygin)教授がホストを務め,ノヴォシビルスク州立大学,ケメロヴォ地域伝承博物館(ケメロヴォ市)などが共催に加わっています.  3日間のシンポジウムは,IPGGの3階会議場で行われました.これには,7ヶ国22名,ロシア38名の計8ヶ国60名が参加しました(
写真1).今回は,西シベリアという地理的な条件,8月中旬のフィールドシーズンのという時期,4年に1度の第35回万国地質学会議(35th IGC:南アフリカ・ケープタウン)の直前といった諸条件から,参加者はやや少なめでした.特に日本からは3名と,昨年と比べ寂しい状況でした.女性は28名を数えましたが,大学院学生は僅か2名で若手が参加しづらい集会となったようです.

(1)ノヴォシビルスク
 ノヴォシビルスクは,西シベリアのオビ川沿いにある人口150万のロシア第三の都市で,その名前は「新しいシベリアの街」という意味になります.中心街にあるシベリア鉄道の駅から南30 km程のところに,アカデムゴロドク(ロシア語で「アカデミーの町」)と呼ばれる,ロシア科学アカデミー(RAS)シベリア支部(SB)の多数の研究機関や大学が集まる世界初の大規模科学研究都市があることでも知られています.特に筑波研究学園都市のモデルになったということです.広大な針葉樹林の中に,非常に多くの研究棟,宿舎棟,公共施設,商業施設,ホテルなどが計画的に配置されています.シンポジウム参加者に配付された,アカデムゴロドクを紹介する露英2カ国語のカラー冊子には,Trofimuk石油地質・地球物理学研究所(IPGG)が街の南部にあって,各種施設が揃った大変便利な一角であることがわかります.宿泊したホテルから研究所へは,林の中の歩道を通って徒歩15分ほどで,反対方向に30分ほど歩くと,巨大な人造湖オビ湖の北東端の砂浜にいくことができます.この砂浜は湖水浴場としてリゾート気分も味わえました(写真2).

(2)ホストのボリス・シュリーギン(Boris Shurygin)教授
 今回の集会のホスト役を務めたボリス・シュリーギン氏は,IPGGで中生代層序・古生物研究室の3代目の教授として,創設者のVladimir N. Saks (1911-1979) 氏,2代目のVictor A. Zakharov氏 (現在はモスクワのRAS地質研究所,特にジュラ紀の軟体動物化石研究で著名) を継いで,広大なシベリアにおける中生界研究を主導してきた重鎮です.いつも全く飾り気のない出で立ちですが,卒なく次々と仕事をこなす様子は,若手の研究者が何人も育つ要因のように思えました.

(3)開会セッションと基調講演
 開会セッションでは,IPGG研究主事であるKontorovich教授より歓迎挨拶の後,シュリーギン教授から特別講演として中生代層序古生物研究室の初代教授であるVladimir N. Saks教授の研究や業績について紹介があり,今回のシンポジウムに,Saks教授の生誕105年を記念する意義を込めることが披瀝されました.そして,代表してIGCP608リーダーの安藤にSaks教授の著作集(2巻)が贈与されました.安藤は開会のスピーチでIGCP608の活動や目的を紹介しました(写真3).

(4)セッション
 研究発表は,下記のように5つのセッションで1件20分の口頭が28件,ポスター7件が行われました.  8月15日(月) 開会セッション 1. 陸海生態系の生物多様性:アジア-西太平洋域の生物多様性 (口頭6件) 2. 白亜紀古地理・古生物地理 (4件)  8月16日(火) 3. 白亜紀気候・環境変動 (6件) 4. 白亜系層序・堆積学 (5件)  8月17日(水) 5. アジア-西太平洋域の白亜紀脊椎動物 (7件) ポスター・セッション (7件) 閉会セッション・IGCP608ビジネス・ミーティング  セッションは,参加者各自のフィールドや研究対象(地層や分類群など)に関するケース・スタディが中心でしたが,この数年の研究成果が逐次紹介され,各国での白亜紀研究の進展が伺えました.IGCP608の活動も4年目でお互い顔見知りも多く,気兼ねなく質問できる和やかな雰囲気でした.直前になってロシア人を含む数件の発表キャンセルや欠席者があったことを除けば,それなりに満足できるものでした.東アジアの白亜系は陸成層が多く,石炭資源探査による地質情報の蓄積もあって,ロシアでも古植物学・古花粉学的な研究やそれに基づく古環境研究が現在でも盛んであることが伺えました.  一方,ポスターは,休憩場所でもある会場後方の茶菓テーブル横の掲示版に3日間掲示したままだったため,3日目のポスター・セッションとは別に,休憩時間や空き時間に,随時発表質疑が行われていました(写真4).

(5) 博物館・動物園見学
 シンポウジウムは発表数が30件未満と,3日間の集会としては余裕があったため,1日目の昼食後には,IPGG会議場の建物の2階にある,中央シベリア地質博物館(写真5),2日目午後にはノヴォシビルスク中心街北部のノヴォシビルスク動物園,そして3日目午後には,IPGGから徒歩15分ほどにある考古・民俗博物館の見学が組み込まれていました.アカデムゴロドクならでは企画と,実行委員会の配慮とありましょう. 中央シベリア地質博物館は広大なシベリアの地質・天然資源研究・開発の成果として,鉱物・鉱石・化石等が大変充実していました.巨大で立派な結晶に岩石が,陳列ケース・通路・廊下・壁に所狭しと並べられていました.  ノヴォシビルスク動物園は,平日にもかかわらずほどほどの賑わいでしたが,これは夏の短いシベリアの8月中旬ならではのことのようでした.展示動物は亜寒帯気候の都市ということもあって,ネコ科の動物が非常に多く,アムールタイガーは見応えがありました.また,北極クマが泳ぐプールは人だかりとなっていました.  ロシア科学アカデミーシベリア支部 考古・民俗博物館はさほど大きくない博物館でしたが,西シベリアの開発に伴って行なわれた多くの調査結果の成果が系統的に展示されており,ロシア人が入植する前の先住民の考古・民俗資料をみることができました.10数年前には日本でも特別展を行った実績があり,その時の図録集は,英語の解説がほとんどないこの博物館がこの地域の考古・民俗研究の拠点であることを理解するのに役立ちました.

(6) 歓迎懇親会・会食会
 初日の夜にはアカデムゴロドク中枢の施設である科学者会館で歓迎懇親会が行われ,旧知の参加者にとっては昨年8月中国瀋陽での第3回集会以来の1年ぶりの再会を祝う場となりました.  2日目の動物園見学の後は,ノヴォシビルスクで一番高いビル最上階のレストランで,オビ川の川面に映る夕焼けを見ながらの豪華な夕食会がありました.(写真6

(7) 閉会セッションで第5回シンポジウムを案内
 閉会セッションでは,5回目となる2017年のシンポジウムは韓国済州島で,大韓地質学会70周年行事と重ねて,10月25-27日に行われる予定が確認されました.巡検は,その前の10月22-24日に,韓半島南西-南岸地域で白亜系慶尚超層群とその相当層および恐竜足跡・卵殻・骨格化石層を見学することが計画されています.第1回目のCircularは12月中旬頃に配付される予定です.  さらに,先行プロジェクトIGCP434,507のように,活動年の1年延長(OET: on extended term)についても話し合われました. IGCP608の集会に初参加のタイのメンバーから,2018年秋のタイ開催案が提案されたため,OETを2017年秋にUNESCO-IGCP事務局に申請する計画が承認されました.  実は,今回は韓国からの参加者がいませんでした.これは,直後の南アフリカで行われた第35回万国地質学会(35th IGC: 8/29-9/2)において,韓国のIGCP608主要メンバーが,2024年の第37回万国地質学会(37th IGC)招致(韓国・釜山)に全力を投入していたためとのことです.その甲斐もあって,ドイツ(ベルリン),ロシア(サンクト・ペテルブルグ),トルコ(イスタンブール)の強豪を振り切って,見事招致に成功しました.  先日行われた日本地質学会第123年学術大会(東京・桜上水)初日(9/11)の懇親会にゲスト参加された,大韓地質学会の許民(Min Huh)会長(全南大)もIGCP608のメンバーです.第5回のIGCP608集会が,IGC2024釜山開催に向けた支援の意義もこめて盛大な集会となるよう,多くの日本人研究者の参加を期待したいものです.

野外巡検
 シンポジウム終了後の8月18-20日には,外国人6ヶ国18名,ロシア人16名の総勢34名が参加し,シベリアの有名な前期白亜紀脊椎動物化石産地の一つであるシェスタコヴォ (Shestakovo) への野外巡検が行なわれました.  初日はノボシビルスクから東方200 kmのケメロヴォ州ケメロヴォ市へ移動し,ケメロヴォ地域伝承博物館 (Kemerovo Regional Museum of Local Lore) を訪問しました.走行距離が約 300 km もあり,午前8時過ぎにノボシビルスクを出発しても,ホテルでの昼食後に博物館見学を始めたのは15時過ぎでした.それでも,丘陵,原野,畑地にタイガ地帯やダーチャの建ち並ぶ畑地を眺めながらの移動はとても快適でした.シベリアの国道は交通量が少ないとはいえ,夏は各所で補修工事しているため,数箇所で交互交通等の渋滞の影響もありました.

(1) ケメロヴォ地域伝承博物館
 ケメロヴォ博物館は州の文化施設として,州の地質・古生物・動物・植物といった自然史を中心に展示しています.クズバス(クズネスク)炭田を構成する石炭紀の石炭や珪化木のほか,代表的な岩石・鉱物・化石が陳列されています.最近はクズバス地域の古生物や生命の進化の資料収集に重点を置いているとのこと.そしてなぜか世界各地から収集したヘビやトカゲ,両生類,昆虫,淡水魚などの珍しい生体展示は印象的でした.  2014年よりモスクワのRASのBorissiak古生物研究所と共同でシェスタコヴォの恐竜発掘調査を実施しており,臨場感あふれるPsittacosaurus sibiricusの復元骨格の展示がありました(写真7).さらに,共産する哺乳類 (“相称歯類” の一種) の標本も展示されていました.見学に続いて小集会があり,州知事と館長の歓迎の挨拶の後,Maschenko氏 (Borissiak古生物研) によるシェスタコヴォ脊椎動物群の概要を解説する講演がありました.集会後は,別室でおもてなしのケーキとお茶が提供され,一同驚きと感謝の談笑の場となりました.  夕方の日没前にはケメロヴォ市中央を流れるトム川沿いの段丘の突端にある赤い丘(Krasnaya Gorka)展望台と赤い丘博物館を訪問しました.街を一望できる展望台にはこの地方を特徴付けるケメロヴォ炭鉱やクズバス炭田地域の炭鉱労働者を称える巨大な記念碑がありました.博物館には炭鉱開発の歴史や炭鉱に関わる技術や文化遺産などが展示されていました.レーニンがロシアの重要なエネルギー資源開発のために,この炭鉱開発にも施政者として関わっていた事を説明する展示もありました.また,この博物館の建物はオランダの建築家による欧風の家屋を移築したものとの説明もありました.

(2) シェスタコヴォ恐竜発掘サイト
 2日目は本巡検のハイライトである,ケメロヴォの東北東 150 km ほどのところにあるシェスタコヴォを訪れ,下部白亜系Ilek層の露頭を見学しました.Ilek層(バランジニアン〜アルビアン)は様々な脊椎動物化石を産出することで知られていますが,中でもトリティロドン類が見つかっていることは興味深いところです.これまでに白亜紀のトリティロドン類化石が見つかっているのはIlek層のほかには日本の手取層群しかありません.キヤ川沿いの段丘崖にシェスタコヴォ1から3の3箇所の露頭があるとのことですが,そのうち,一般公開されているシェスタコヴォ3の発掘現場に入って見学しました(写真8).一般公開のために,柵や階段,トイレ等が整備されたばかりで,じっくりと岩相を観察できました.露頭は幅25 m高さ10 m程で,細粒砂岩と赤褐色シルト-粘土岩の互層からなっており,Psittacosaurusや竜脚類などは主に露頭中ほどの高さにある厚いシルト岩から産出するそうです.露頭には我々の見学のために,木枠に入れた発掘されたばかりの恐竜骨格が保存されたブロックが置かれていました.大陸の恐竜発掘現場であるし,多くの化石が産出していることから,巨大な露頭を想像していたのですが,季節によるかもしれないが植生の多い地域で,露頭自体が乏しそうな上,露頭規模もそれほど大きくなかったのは意外でした.さすがにハンマーを取り出して露頭を叩くわけにはいきませんでしたが,気になっていた露頭を実際に見られたのは良い経験になりました.

(3) シェスタコヴォ村の歓迎昼食会
 見学後は村の小さな図書館(室)を訪問(写真9)したあと,ちょうどシェスタコヴォ1の対岸にある村の祭り広場で,シェスタコヴォ村の人々から音楽と昼食の盛大な歓待を受けました.昼食もだいたい終わったころから,あいにくの通り雨で水を注されてしまったが,雨宿りでテントの中に皆が待避することになって,かえって村人との距離感が縮まり盛り上がったのが印象的でした.民俗衣装をまとった女性の合唱や楽器演奏などロシアの農民が村祭りなどで披露する文化的な水準の高さに直接触れた思いがしました(写真10).馬車の乗車体験は大変印象に残りました.

(4)Tomskaya Pisanitsa自然歴史公園
 3日目の午前中はケメロヴォ市から北西50kmほどの,Tomskaya Pisanitsaと呼ばれる自然歴史公園を訪問しました.そこではトム川沿いの古生代後期の弱変成堆積岩の崖に描かれた新石器時代の岩絵遺跡をモチーフに,付近の森を観光施設にしていました.岩絵の周りには多くの落書きがあり,ちょっと見ただけではどれが岩絵なのだかわからなかったのは,ご愛敬なのでしょう.シベリア開拓以前の原住民の文化や生活,開拓初期の古民家や家財などが森の中に移築されていました.シベリアに棲む生き物達の動物園もある面白い施設でした.ここでも,昼食のもてなしを受け,州・村を挙げての並々ならぬ準備と熱意を感じました.

 

巡検の部分(文責:愛媛大学 楠橋 直氏および安藤)

 


写真1  Trofimuk石油地質・地球物理学研究所の会議場での記念撮影.  ページ先頭へ戻る


写真2 オビ湖北東端の湖岸砂浜での夕焼け.  ページ先頭へ戻る


写真3 開会セッションでの安藤教授の挨拶.  ページ先頭へ戻る


写真4 ポスターセッションの様子(Romain Amiot氏撮影).  ページ先頭へ戻る


写真5 中央シベリア地質博物館の見学.  ページ先頭へ戻る


写真6  Confernce Dinnerヴォシビルスクで一番高いビル最上階の展望レストランでの夕日.  ページ先頭へ戻る


写真7 ケメロヴォ地域伝承博物館のPsittacosaurus sibiricus復元骨格展示(Romain Amiot氏撮影).  ページ先頭へ戻る


写真8 シェスタコヴォ3のIlek層発掘現場の露頭(楠橋直氏撮影).  ページ先頭へ戻る


写真9 シェスタコヴォ村図書室の恐竜(Psittacosaurus sibiricus)生態復元壁絵(Romain Amiot氏撮影).  ページ先頭へ戻る


写真10 シェスタコヴォ村民の合唱による歓待.背景はシェスタコヴォ1の段丘崖露頭.(楠橋直氏撮影).  ページ先頭へ戻る

 

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