2019年10月30日:IGCP608の後継プロジェクトのIGCP679が,第1回国際研究集会(中国・青島)(10/11-17)を開催しました

IGCP(地質科学国際研究計画)679 (2019-2023年)の,第1回国際研究集会「白亜紀のアジアにおける固体地球ダイナミクス・温室気候と海陸生態系の応答の連関」が,中国山東省青島市の山東科学技術大学(http://en.sdust.edu.cn/)の会議場で行われました.IGCP679は,安藤教授がリーダーとして活動したIGCP608 (2013-2017+2018年)の後継プロジェクトとして,中国科学院 南京地質古生物研究所のGang Li (李 罡) 教授をリーダーとする,2019年2月下旬に採択された5年間(2019-2013年)のプロジェクトです.

IGCPはUNESCOのWebsiteに提案・審査過程が紹介されているように,毎年10月15日が提案締切日となっており,新規提案は5つのプロジェクトテーマ毎に設けられた科学審査委員会の分科会によって審査されます.その結果は,パリのUNESCO本部で行われるIGCP評議会(2020年は2月18-21日に開催)において,決定・公表されます.本年度は21件の提案のうち7件が採択されました.IGCP679は,IGCP350 (1993-1998), 434 (1999-2004), 507 (2006-2011), そしてIGCP608 (2013-2018) と続く,東アジアの白亜系研究者のネットワークを継承するもので,白亜紀の気候・地理・環境復元を目的とし,さらに地質・生物イベントと気候・環境変動との関連を明らかにすることを目指しています.その提案の詳細は,本研究室Websiteの新着情報(2018年12月31日 )に紹介されています.

また,IGCP679のサイトが運用されており,集会案内が掲載されています.

http://www.nigpas.cas.cn/igcp679/

IGCP679の日本からの副リーダーは長谷川 卓(金沢大)氏 ,地域代表は太田 亨氏(早稲田大)が務めており,モンゴル研究プロジェクト の共同研究者でもあります

なお,このページの内容は日本地質学会ニュースの2020年3月号(Vol. 23, No. 3, 12-13)に要約版が掲載されています.

 

 

国際シンポジウム

シンポジウムは10月15日(火),16日(水)の2日間に,山東科学術技術大学(http://en.sdust.edu.cn/)のYifu会議場(写真1)で開催され,口頭発表セッションとポスターセッションが行われました.基調講演2件(各30分),口頭42件(基調講演6件各20分,通常講演36件各15分),ポスター12件の発表が行われました.口頭セッションは,1) 古昆虫学,2) 白亜紀古植物多様性と古気候,3) 白亜紀ダイナミクスと古気候,4) 山東省地域の白亜紀古気候,5) 白亜紀層序・イベント・古環境という5テーマに分けて進められ,議論および意見交換がなされました.印象的だったのは,2日目のセッションの座長を務めたハイデルベルグ大学の重鎮であるPeter Bengtson教授が,実はリーダーの李 罡氏が留学中の指導教授で,学位の主査でもあったことを披瀝してくれた時でした.かつての師を,自分が主宰するプロジェクトの第1回シンポジウムに招待し,現在も共同研究を続ける師弟の姿には胸を打たれました.

開会セレモニーでは,山東科学技術大学の張英杰副学長,山東省地質調査院副所長の歓迎スピーチで始められ,安藤教授による前プロジェクトリーダーの挨拶(写真2),中国科学院南京地質古生物研究所の王軍副所長の歓迎挨拶がありました.記念撮影(写真3)の後,午前中の全体基調講演では,IGCP608の副リーダーであった万 暁樵 Xiaoqiao Wan (中国地質科学大学 教授)と徐 星 (Xing Xu) 中国科学院 古脊椎動物・古人類研究所 教授が,それぞれ,中国東北部の松遼盆地の上部白亜系層序,熱河(Jehol)層群生物群の総括的レビューがなされました.活発な中国の白亜紀研究の最前線が紹介されました.

 

安藤教授は,5) 白亜紀層序・イベント・古環境というセッション(10月16日)で下記の発表をしました(写真4)

Hisao ANDO, Taphonomy and sedimentological significance of oyster shell beds within Cretaceous transgressive sediments in Japan. Open Journal of Geology, 9, 547-550. DOI: 10.4236/ojg.2019.910038

シンポジウムには,14ヶ国約140名以上の参加者があり,和やかな雰囲気のもと成功裏に終了しました.日本からは,安藤教授のほか,東京大学,早稲田大学,静岡大学から,学生を含め10名が参加しました.日本以外では,ロシア,モンゴル,韓国,タイ,ベトナム,マレーシア,ネパール,フィリピン,ドイツ,英国,フランス,チェコからの参加者がありました.中国国内からは,南京地質古生物研究所,中国地質大学,古脊椎動物・古人類研究所,山東省地質調査院,山東科学技術大学などから参集していました.開催地の山東科学技術大学からは,教員・研究者だけでなく学生も後学のために参加していました.

 

 

地質巡検

シンポジウムの前の10月12-14日に実施された地質巡検では,三日間にわたって10/11-17の宿舎であった藍海 (Blue Horizon) ホテルから日帰りで,山東省の白亜系の要所を見学することができました.全体の案内は李 罡氏でしたが,現地では主に山東省地質調査院と山東科技大の地元研究者や各博物館の職員の説明を李教授が英訳する形で進められました.参加者はガイドやスタッフを含んでバス二台総勢50人ほどでした.

 

1日目

Stop 1は,バスで3時間,ホテルから西に250 kmの,済南 (Jinan) 市菜城(Laicheng)区の中心街の一角にある,紅石 (Hongshi) 公園(写真5)でした.ここでは,白亜紀初期ベリアシアン期の三台 (Santai) 層の,巨大斜交層理が見事な砂漠成の赤色砂岩が庭園内に露出していました.斜交層理の前置面の傾斜方向は南東が卓越しており,おそらく卓越風の偏西風の古流向を示しているようにみえました.また,シルト質砂岩を含む層準もあって,干割れ痕やリップルもみられ,一帯が砂漠気候にあったことがわかりました.なお,この地域はTanlu断層西側にあって,先カンブリア累界・古生界に不整合で重なる中生界−新生界の地溝状堆積盆に位置付けられていました.

Stop 1から180 kmほど戻ったStop 2と3では,Tanlu断層東側の山東半島に広く分布する一連の陸成白亜系の西縁部を見学しました.Stop 2は諸城 (Zhucheng) 恐竜国家地質公園内の,諸城中国暴龍(ティラノサウルス)館(写真6)です.これは王氏 (Wangshi) 層群紅土岩 (Hongtuya) 層下部 (100-98 Ma) に含まれる恐竜骨格層の層理面(約25°傾斜)を,巨大なドームで覆ったものです.地層面に半分埋まったままの2000個を越える大型恐竜骨格は,保存はいいが関節しているものは少なく,お互いに接しないで一面に散乱しており,明らかに再堆積したものと思われます(写真7).氾濫時のシート状の水流で運ばれたものと思われますが,顕著な方向性を示さないことと,基質が砂質シルトであったことから土石流によるものと思われます.しかし,粗粒砕屑物が恐竜骨格ばかりの泥質土石流が実際に存在するものなのか,にわかには理解できないほどの,不思議な骨格化石層でした.いずれにしても,最近はZhuchengtyrannusとされているティラノサウルス科の獣脚類の産地として重要です

ただし,バラバラの骨格層の上にいくら展示があるとはいえ,イルミネーションで正しくもない輪郭で描くのは,何でもありのご当地国らしさが感じられました.ここよりもっと大量に恐竜骨格が見つかった巨大産地が近くにあるとのことですが,この地域一帯は恐竜をテーマにした壮大なジオパークとして計画されていますが,適切な説明がなく全体像は把握が難しいものでした. Stop 3は,Stop 2から南西20 km弱の丘陵地帯にある,野外科学観測研究基地とされた,下部白亜系の菜陽 (Laiyang) 層群Yangjiazhuang層 (129-128 Ma) の足跡化石産地でした.トタン屋根で被せただけの施設ですが,一面に多方向のリップルや干割れ痕,足跡化石が密集しており,数cm単位の薄層理面ごとに異なる堆積構造や足跡が多数見られ,飽きさせないほど沢山の堆積構造がありました(写真8).

 

2日目

山東半島中央部の菜陽市街 (ホテルから北東約150 km) から,南南西20kmの農村地帯にある,菜陽層群水南 (Shuinan) 層の露頭から始まりました (Stop 4). 水南層は先カンブリア時代のJingshan 層群の石英質礫岩に不整合でのっており,基底部は砂岩泥岩互層ですが,上部は湖成頁岩層からなり,水棲昆虫類が多産します.時代はU-Pbジルコン年代で130-128 Ma付近とされています.遼寧省の羽毛恐竜で有名な義県 (Yixian) 層と同層準とのことで,しばし化石採集に夢中になりました(写真9).

午後のStop 5では菜陽市東方20kmほどの郊外にある,菜陽層群の模式地の道路沿い3 km 弱を2時間弱歩きながら層序と岩相を見学しました.年代としては129-125 Maとのことで,河川〜湖沼成の,礫岩,砂岩,薄葉理頁岩に,赤紫色の砂岩および頁岩層と,結構多様な岩相からなり,層厚数100mにおよぶ連続セクションに沿って様々な堆積構造も急ぎ足で見ることができました(写真10).ただし,列が伸びて案内者から離れてしまうと説明を聞くことができず,丁寧な説明や図も少ないので,案内書から解読するのはかなり難しいものでした.それでもこれまでの地道な岩相層序研究から,山東省の下部白亜系を代表する陸成層の堆積史や古環境復元がそれなりに蓄積されていることがわかりました.

Stop 6は菜陽市中心街から北東10 km ほどの,丘陵地帯の畑脇にある王氏層群水南層の紙片状薄葉理頁岩で,Lycopteraで代表される魚類が多産する湖成層です.Stop 4と同じように,地面を掘り返しながら化石採集に夢中になった一時でした(写真11).

 

3日目

2日目と同じく菜陽市周辺の菜陽層群の5箇所を巡りました.Stop 7-1 は菜陽市の北方郊外にある道路沿いの,王氏層群紅土岩層の陸成火山礫〜粗粒凝灰岩の巨大露頭です(写真12).斜交層理や大規模なうねりのある平行葉理など顕著な堆積構造が見られました.124-123 Maあたりに日本列島から遠くない白亜紀陸弧に大規模な酸性火山活動によって厚い火山噴出物が堆積したことを示しています.Stop 7-2は,菜陽市の北西郊外にある,下位のアプチアン期の青山 (Qingshan) 層群Shiqianzhuan層と,アプチアン後期以降の主に後期白亜紀の王氏層群Linjiazhuang層との不整合露頭で,120 Maの最上部の厚さ数mが角礫状になった流紋岩に,不整合面を介して陸成赤色砂岩・泥岩層(118 Ma)が重なっています(写真13).異なる岩相の陸成層同士の不整合の実態を観察できるいい大露頭でした.道路からのアプローチは,20-30年前と変わらない道一杯に広げてトウモロコシを天日干しする農村の風景でした.

Stop 8は,菜陽市の中心から南西8 kmほどの丘陵地帯の小谷斜面で,午前中に見学した紅土岩層の模式地です.全体に赤茶色を帯びた陸成の斜交層理礫岩・礫質砂岩と塊状細粒砂岩・砂質シルト岩の厚さ数〜10数mの互層からなり,河川チャネル相と氾濫原相の繰り返しからなっています(写真14).シルト質細粒砂岩には垂直・水平掘穴生痕化石密集層準があり,塊状の赤色砂質シルト岩からは直径約10 cmの扁平球状の恐竜卵殻3個がその場で発掘されたのには驚かされました(写真15).

最後のハイライトは,山東菜陽白亜紀国家地質公園の地質博物館 (Stop 9-1) です.この博物館は,棘鼻青島龍 (Tsintaosaurus spinorhinus Young, 1958) と名付けられた,一角獣のように頭骨頂部に垂直に伸びる角をもった,独特のハドロサウルス科恐竜の産地に建てられています(写真16).2017年に記載されたハドロサウルス類の楊氏菜陽龍 (Laiyangosaurus youngi Zhang et al., 2017) も展示されていました.この地域一帯が1923年には恐竜産地として報告された長い研究史があり,王氏層群の菜陽恐竜化石群には,後期白亜紀(セノマニアン〜マストリヒシアン)の4つの時代の異なる化石群があることが,判読のしやすい層序柱状図や地質図とともに,比較的わかりやすく展示されていました.中国の古生物学史のコーナーもあり,地質学的に有用な情報も数多く展示され質の高い博物館であることがわかりました.

この地域一帯には,王氏層群の恐竜骨格化石層がいくつもあり,何カ所かで研究発掘がなされ,中国における白亜紀後期の恐竜化石群の一大産地として知られています.公園内には恐竜骨格発掘場を建屋で覆った施設が2箇所ありますが,そのうち2号館 (Stop 9-2) を案内してくれました.こちらは発掘作業が終了して数年しか経っていないため,いくつもの恐竜骨格が層理面に残された状態で保存されていました(写真17).

 

今回の巡検では,山東省一帯にはTanlu断層の両側に下部〜上部白亜系陸成層が分布し,恐竜化石群が産するばかりでなく,古地理や古気候復元に有用な情報が沢山得られていることがわかりました.また,恐竜をモチーフにした地質公園や博物館が幾つかあり,観光や地質学・古生物学のアウトリーチが行われており,中国の地質公園(ジオパーク)が地域に根付いていることがよくわかりました.ただし,観光客が公営交通で訪れられるような交通インフラは十分でないことも感じました.

 


写真1 山東科学技術大学Yifu会議場ロビーのIGCP679立て看板


写真2 IGCP679国際シンポジウム開会セレモニーでの歓迎挨拶


写真3 IGCP679国際シンポジウム参加者の集合写真 会議場玄関前


写真4 IGCP679国際シンポジウム2日目の口頭セッションでの発表


写真5 地質巡検1日目Stop 1: 済南 (Jinan) 市菜城(Laicheng)区の紅石 (Hongshi) 公園における三台層の大規模斜交層理赤色砂岩


写真6 地質巡検1日目Stop 2: 諸城 (Zhucheng) 恐竜国家地質公園内の諸城中国暴龍館前


写真7 Stop 2: 諸城中国暴龍(ティラノサウルス)館の王氏 (Wangshi) 層群紅土岩 (Hongtuya) 層下部の恐竜骨格層


写真8 Stop 3: 下部白亜系の菜陽 (Laiyang) 層群Yangjiazhung層 (129-128 Ma) の足跡化石サイト


写真9 地質巡検2日目Stop 4: 菜陽市の南南西郊外の王氏層群水南層薄葉理頁岩での昆虫化石採集の様子


写真10 Stop 5: 菜陽市東方郊外の菜陽層群模式地における道路沿いのLongwangzhuang層の層状砂岩


写真11 Stop 6: 菜陽市北東方郊外の王氏層群水南層の薄葉理頁岩での魚類化石採集の様子


写真12 地質巡検3日目Stop 7-1: 菜陽市北東郊外にある王氏層群紅土岩層の凝灰岩露頭


写真13 Stop 7-2: 菜陽市北西郊外の青山層群Shiqianzhuang層と王氏層群Linjiazhung層との不整合


写真14 Stop 8: 菜陽市南西郊外の王氏層群紅土岩層の河川成砂岩泥岩互層.右下で人が集まっているところが恐竜卵殻の巣が産出した場所


写真15 Stop 8: 王氏層群紅土岩層の赤色砂質シルト岩から卵殻3個が集まって産出した様子


写真16 Stop 9-1: 菜陽白亜紀地質公園内の地質博物館.3体の骨格復元はいずれも棘鼻青島龍 (チンタオサウルスTsintaosaurus spinorhinus),左端に頭部が見えているのが楊氏菜陽龍 (ライヤンゴサウルスLaiyangosaurus youngi )


写真17 Stop 9-2: 菜陽白亜紀地質公園の恐竜骨格ピット2号館

[ページ先頭へ戻る]