2017年08月19-24日:第10回白亜紀国際シンポジウム(オーストリア・ウィーン)でIGCP608のセッションを世話人・座長として開催.野外巡検にも参加.

第10回白亜紀国際シンポジウム

 白亜紀の層序・古環境・古地理・古生物・堆積地質・構造地質などの地質科学全般に関する最新の研究成果を世界各国の研究者が持ち寄って行う,第10回白亜紀国際シンポジウム(10th International Symposium on the Cretaceous:以下10th ISC)が,この度8月20~24日に,オーストリア地質調査所,ウィーン自然史博物館の協力を得て,ウィーン大学で行われました.

(1) 第10回白亜紀国際シンポジウムの概要

 白亜紀国際シンポジウムは1978年にドイツ西部の小都市ミュンスターで開催されて以来,ドイツ圏を主とするヨーロッパを中心に,4年もしくは5年に1度開催されてきたものです.2009年の第8回はイギリスのプリマス大学(Malcolm Hart教授)で,第9回はトルコ・アンカラの中東工科大学(Ismael Ömer Yilmaz教授)で行われました.ウィーンでは2000年に第6回を開催して以来2回目となります.

 今回,ホストを務めたのは,IGCP609 “Climate-environmental Deteriorations during Greenhouse Phases: Causes and Consequences of Short-term Cretaceous Sea-level Changes (略称:Cretaceous sea-level changes)(2013-2017年)”のリーダーを務めるウィーン大学のMichael Wagreich教授です.IGCP609は,安藤がリーダーを務めるIGCP 608「白亜紀のアジア-西太平洋地域の生態系システムと環境変動」の姉妹プロジェクトでもあります.10th ISCはこのIGCP609の第5回国際集会の意義も込めて行われており,IGCP609のセッションもほかのセッションと合同で4日目に行われました(以下に示すセッションリストのT4.C05+C08).

 登録者が220名65カ国で,キャンセルも少なくありませんでしたが,それでも200名を越える参加者がありました.日本からは,安藤のほかに松岡 篤氏(新潟大),長谷川 卓氏(金沢大)と,増川玄哉(茨城大院博士前期)の4名が参加しました.日本人の白亜紀研究への貢献度を国際的に示すには,余りに参加者が少ないと残念に思わざるを得ませんでした.

 会場は,オーストリア皇帝ルドルフ4世(1358-1365)が1365年に設立したドイツ語圏最古・最大の大学であるウィーン大学の,UZA IIと呼ばれる地球科学・地理・天文学部の地球科学棟と隣接する薬学部棟でした.ウィーン市内各所にある歴史建造物の多いウィーン大学の校舎の中でも,UZA (University Center Althanstraße) IIは,オーストリア連邦鉄道(OBB)のFranz-Josefs駅北側の線路をまたいで作られた,校舎です.西隣の生命科学部とあわせて近代的な巨大な複合校舎をなしています(写真1).


写真1:ウィーン大学地球科学・地理・天文学部地球科学棟(UZA II: University Center Althanstraße Haus 2)

(2) ウィーン自然史博物館で行われたIce Breaker

 会議前日夜の歓迎パーティ(Ice Breaker)はウィーン自然史博物館の2階ドームホールで行われました.ウィーン自然史博は,オーストリア皇室が購入・収集してきた歴史と由緒のある,量質ともに圧倒するコレクションを基礎にした,約3000万点の収蔵品を誇る世界有数の博物館です.フランツ・ヨーゼフ1世が1876年に設立し1889年に公開したといいます.

 1階正面ロビーから2階への折り返し階段ホールを上がると,アリストテレスからフンボルトにいたる8人の哲人の石造が並んでいるのに圧倒されます.そして,カフェレストランとして使われているドームホールまで上がると,優に20 mはあろうかという吹き抜け天井とそれを支える8角形の壁と柱に唖然とするくらい圧倒されます.8角形は開館時の8つの部門を象徴しており,地質学,古生物学,鉱物学,動物学,植物学等の銘板とそれぞれの学問をイメージする様々な彫刻や絵画で装飾されています(写真2).

 Ice Breakerは,白亜紀-古第三紀(K/Pg)境界隕石衝突環境事変の研究でも知られた,地質学者のChristian Köberl館長の挨拶で始まりました.欧米,中東,南米と旧知の研究者らが多く,アジアからの参加者は少数派でしたが,振る舞われたハウスワインや地ビールに軽食で和やかな盛会となりました.巨大な展示室は照明されて開放されおり,グラスを片手に鉱物・化石・生物・考古などの巨大な展示室の膨大な標本を見ることもできました.さながら,ナイトミュージアム・パーティでした.


写真2:歓迎パーティ(Ice Breaker)会場のウィーン自然史博物館2階ドームホール.写真上限にMineralogieの銘板がわずかに見える.Christian Köberl館長(左)が挨拶中.

(3) 開会セレモニー

 初日午前の開会セレモニーでは,冒頭実行委員長のWagreich教授から白亜紀国際シンポジウムの歴史の概要や意義,そしてその成果が紹介されました(写真3).次に,地球科学・地理・天文学部長の挨拶ではウィーン大学と地球科学・地理・天文学部が紹介されました,それによれば,大学全体で学生数94,000名,教授420名,大学教職員数9500名に達し,地球科学・地理・天文学部でも,24名の教授,500名のスタッフ,3300名の学生を擁するといいます.

 その後,オーストリア地質学会のEduard Suessメダルの授賞式と記念講演が行われました.アルプス研究で名高いウィーン大学地質学教授の名を冠するこの賞は1918年に創設され,今回は28回目となるとのこと.授賞されたHerbert Stradner博士は,ナノ化石層序研究の先駆者として知られた重鎮で,1962年に命名されたLithastrinus grilliがシンポジウムのロゴの右端にあしらわれていました.要旨集には,参加はしていないが,古海洋学の重鎮のWilliam Hay氏や海水準曲線で知られたBilal Haq氏からの祝辞が写真入りで掲載されていました.


写真3:開会セレモニーでのMichael Wagreich教授の挨拶.スライド左上が集会のロゴ.

(4) 口頭発表セッション

 シンポジウムはUZA IIの中央部にある3教室で,大抵は3会場,時に2会場で平行して口頭発表セッションが行われていました.近年の白亜紀研究の動向を把握できるよう,セッションタイトルをいくらか要約してそれぞれの発表件数を上げておきましょう.提案されたものの幾つかは合併されて整理されていました.最終プログラムで確認できる口頭発表の件数は193件に上りました.

  T1. Part 1 Sessions on the Cretaceous Stages and Boundary Definitions: Jurassic/Cretaceous〜

     Cretaceous/Paleogene境界の各階の層序とGSSP設定について (42件)

  T1. Part 2 – Sessions on Cretaceous Chemo-, Sequence-, Cyclostratigraphy and Climate Changes

     (15件)

  T2. Cretaceous Setting and Facies (計27件)

    F01 Cretaceous terrestrial/non-marine studies (15件) 

    F03 Cretaceous Carbonate platforms,Chalk facies and biota & Geoparks(12件)

  T3. Cretaceous Events (計29件)

    E01+E02 Cretaceous environmental perturbations - Anoxia, OAEs, oxic events, K/Pg boundary (19件)

    E03 Deciphering Cretaceous environmental and climate perturbations by means of high-resolution bio-chemostratigraphic and geochemical approaches (10件)

  T4. The Cretaceous Greenhouse World–Climate & Sea-Level Changes (計40件)

    C04 Early Cretaceous climate variations and its impact on paleoecology and paleoenvironmental developments (14件)

    C05+C08 Climate-environmental deteriorations during greenhouse phases: Causes and consequences of short-term Cretaceous sea-level changes (IGCP 609) (18件)

    C06 Asia-Pacific Cretaceous Ecosystems (IGCP608) (4件)

    C07 Comparison between the marine and continental records during Cretaceous greenhouse states (Songliao Basin and WIS) (4件)

  T5. Cretaceous Palaeontology (計33件)

    P04+P05 Cretaceous biodiversity (micropaleontology/ macropaleontology) (8件)

    P06 Cretaceous vertebrates (3件)

    P07 Palaeobotany and Palynology (14件)

    P00 Open Session on Cretaceous palaeontology (5件)

  T6. Cretaceous Hydrocarbon and Mineral Deposits (3件)

  T7. Cretaceous Geodynamics and Orogeny & Evolution of Tethyan Realm (7件)

 なお,1,3,4日目の午後一番には1会場で1時間の招待講演が行われ,要所で全員が集まり最新の研究成果の総説を聞く場が設けられていました.1日目はIUGS国際層序学委員会の白亜系小委員会委員長のMaria Rose Petrizzo 氏による白亜紀層序学の進展,3日目はHelmut Weissert氏による中生代の炭素循環と気候変動,4日目はMarina Suarez氏による白亜紀における古土壌と気候指標の講演でした.

(5) IGCP608セッション

 IGCP608として中国のメンバー2人とともに共同提案されたセッションでは,3日目の午前に計4件の口頭発表と1件のポスターがありました.小さなセッションでしたが,アジアで活動するIGCP608の存在感は示すことができたようです.メンバーの大半がアジア諸国からであることや,10月下旬に韓国で第5回国際シンポジウムの開催を予定していることを考慮すると無理もないと感じられました.なお,メンバーの中にはIGCP609と重複して活動していたり,テーマが近い他のセッションで発表しているケースもあるので,裾野はもっと広がっています.

 4日目午前一番のIGCP609セッションの総括講演では,Benjamin Sames氏がIGCP608, 632, ICDP Songliao Basin と協同した活動について紹介してくれました(写真4).とりわけ,白亜紀シンポジウム自体も上記の3プロジェクトとIGCP609のメンバーが中心になって行われており,UNESCO-IGCP本部が重視する複数プロジェクト間の協力や連携の指針に沿って進めていることが紹介されました.


写真4:IGCP609セッションでのプロジェクト紹介.演者はプロジェクト書記のBenjamin Sames氏(ウィーン大).スライドはIGCP609,608,632,ICDP Songliao Basinの連携を紹介.

(6) ポスターセッション

 ポスターは薬学部棟のホールに設置されたポスターブースに4日間貼ったままスタイルであった.1日目午後の休憩後の2時間にメインのポスターパーティが行われ,活発な議論が各所で見られた.しかし,ポスター間隔も通路も狭く,複数の参加者が一度に見聞きするには難があった(写真5).3日目午後にもポスターパーティの時間が設けられていたが,こちらは1会場の口頭セッションと平行していたので,集中力に欠けた雰囲気であった.

 100件がプログラムに示されていたが,いくつかはキャンセルとなっており,特に中国からのキャンセルが気になった.第9回のシンポジウムでも口頭セッションを含め,途上国登録者からの無断キャンセルが相次ぎ運営に支障があったが,今回は口頭,ポスターともに数件あったにせよ,大きな難はなかったように感じられた.


写真5:初日のポスターパーティの様子.UZA IIの薬学部棟1階ロビー.

(7) 閉会セレモニー

 最終日午後の休憩の後,閉会セレモニーの前半ではWagreich実行委員長からシンポジウムの総括やシンポジウム論文集の計画が紹介されました.Cretaceous Research,Newsletters on Stratigraphyやロンドン地質学会特別号等でテーマ別に論文募集をすることになるとのことでした.

 この後,次回(第11回)のシンポジウムの開催地提案として,3カ国(ジョージア,レバノン,ポーランド)の代表から招待プレゼンテーションがなされました.いずれも,それぞれ魅力や特徴があることが分かる印象的なプレゼンテーションでした.その上で,100名強の参加者から挙手で投票が行われ,ポーランドとレバノンの2ヶ国に絞られ,最終的にポーランドが選出されました.

 最後に委員長をはじめ実行委員,そして,一番働き回ったBenjamin Sames氏に満場の感謝の拍手が送られて閉会となりました.

 なお,今回の集会の発表要旨と巡検案内書はいずれオーストリア地質調査所のWebsite(以下のURL)で閲覧・ダウンロードできるようになっています.

要旨集:10th International Symposium on the Cretaceous Vienna, August 21–26, 2017 – ABSTRACTS. Berichte der Geologischen Bundesanstalt, No.120

http://opac.geologie.ac.at/wwwopacx/wwwopac.ashx?command=getcontent&server=images&value=BR0120.pdf

巡検案内書:10th International Symposium on the Cretaceous Vienna, August 21–26, 2017 – FIELD TRIP GUIDE BOOK.Berichte der Geologischen Bundesanstalt, No.121

http://opac.geologie.ac.at/wwwopacx/wwwopac.ashx?command=getcontent&server=images&value=BR0121.pdf

(8) 第11回はポーランドワルシャワで

 次回の白亜紀シンポジウムは,2021年の夏期にワルシャワ大学を中心に行われる事になりました.ホストはイノセラムス研究者として日本でも知られているワルシャワ大学のIreneusz P. Walaszczyk氏が引き受けることとなりました.

(9) 地質巡検

 巡検は会議前が3コースで,PRE-1:テチス北東縁の上部白亜系-古第三系(8/17-20の4日),PRE-2:スロバキア西部カルパチアの中下部白亜系(8/18:写真6),PRE-3:ウィーン中心街の白亜系建物(8/20午後),会議後が1コースでPOST-3: Eduard Suessの足跡に見るユースタシーと海水準変動(8/25),の計4コースが催行されました.安藤と増川はPRE-2と3に参加しました.PRE-2には新潟大学の松岡 篤氏も参加していました.提案されたうち,3コースは催行定員に満たずキャンセルとなったとのことでした.


写真6:会議前巡検Pre-2スロバキア西部カルパチアの中下部白亜系での集合写真.左端が案内者のJosef Michalik氏

 

 今回の集会では,ウィーン大のMichael Wagreich氏とBenjamin Sames氏には大変にお世話になった.この場をかりて感謝したい.

 

 なお,この記事は簡略版が日本地質学会ニュース(2017年9月号)に報告記事として紹介されます.

日本地質学会ニュース(2017年9月号)

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