9.棚倉堆積盆中新世の哺乳類化石

(キーワード: 長鼻類化石,足跡化石,中新世,大型哺乳類,鳥類,大子町,常陸大宮市,棚倉堆積盆)

概要: 茨城県北部大子町から常陸大宮市に分布する,新第三系中新統の河川成相から産した1)長鼻類化石,および2)大型哺乳類や鳥類の足跡化石群から,棚倉堆積盆の大型動物化石相の実態や古生態を解明する.
ミュージアムパーク茨城県自然博物館との共同研究

1)茨城県北部の棚倉堆積盆における新第三紀中新世の長鼻類化石

(1)常陸大宮市野口のStegolophodon頭蓋骨の発掘調査

調査の経緯

 12月11日(日)に,水戸葵陵高校の2年生の男子生徒が,茨城県常陸大宮市野上の新第三紀前期中新世の玉川層を地質調査中に,哺乳類と思われる大きな化石を発見しました.翌12日(月)の夕方,安藤研究室に持ち込まれた写真から,臼歯を伴う長鼻(ゾウ)類の頭蓋骨化石である可能性が高いことがわかりました.そこで,13日(火)の夕方,薗田(大学院博士課程3年生)が発見者と現地調査を行い,露頭下部の砂岩層下底に長鼻類化石が露出していることが判明しました.

 夕刻にも関わらず,急遽,安藤教授と茨城県博の国府田良樹博士(資料課長)が駆けつけ,ほぼ完全なステゴロフォドンの頭蓋骨であることが確認されました.この化石は,日本,ひいては世界的にみても非常に貴重な標本であるため,翌々日の12月15日(木)に合同発掘調査を実施することになりました(写真1ー6).

写真1 現地調査の様子(13日夕刻)
ライトの灯りで現地を確認.左上が発見者の高校生.
写真2 化石産地の地質調査の様子.
安藤教授(左)が岩相や堆積構造を観察し,地層の層序や化石の産状を調べている.
写真3 化石の前で発掘方法の打ち合わせ.
(左から国府田博士,長谷川名誉館長(群馬県博),安藤教授)

 

写真4 発掘の様子.
削岩機を使って化石の周囲の岩石を削っている.
写真5 発掘の様子.
石膏ジャケットによる化石の保護.取り上げる前に,布やガラス繊維を混ぜて強度を上げた石膏で化石を覆う.
写真6 発掘の様子.
重さ数百kgにもおよぶ化石包含ブロックを慎重に取り上げる.

 

化石包含層の地質と岩相

 長鼻類の化石が含まれている地層は,新第三紀の前期中新世末の玉川層と呼ばれる地層の最下部です(高橋,2001;天野,2008).玉川層の下部からは,Arcid-Potamid群集と呼ばれる,リュウキュウサルボウガイ(Anadara: フネガイ科の二枚貝)やビカリア(Vicarya: ウミニナ科の巻貝)を中心とする,亜熱帯性気候のマングローブ林が発達する潮間帯付近の貝類化石群集が産出することで知られています(高橋,2001).玉川層の下位の桜本層からもArcid-Potamid群集が産するとされています.

 化石産地では,厚い凝灰質砂岩を主体とする厚さ7.5mの地層が露出しています.下部の1.5mは,砂岩が卓越する,砂岩と泥岩の互層(交互に繰り返す)になっています(写真7).

 長鼻類化石は,露頭基底部から約70cmにある,一組の砂岩(下位70cm)と泥岩(上位30cm)の砂岩部に含まれていました.この砂岩は,斜交層理が発達する凝灰質(火山灰・軽石粒を多く含む)中粒砂からなり,直径1-2cmの垂直性の管状生痕が散在的に沢山含まれています.砂岩は生物活動によって攪乱された全体として不均質な岩相を示しています(写真8).また,泥岩には植物の材破片や葉片が含まれていました(写真9).

 化石層の上位の厚い砂岩層(5.5m)は,斜交層理が顕著に発達し,軽石粒も沢山含まれています(写真10).この砂岩の層上限にも垂直性巣穴生痕が見られ,その上位に塊状泥岩がのっているのが確認できます.

写真7 露頭の全景.
水平に近い(実際には傾斜10度以内で東南東に傾斜)厚さ7.5mの地層が崖に露出しており,その下部に化石が含まれていた.
写真8 化石産出層準の砂岩.
凝灰質(火山灰・軽石粒を多く含む)中粒砂岩で斜交層理が発達し,垂直性の生痕が多く含まれており,生物活動によって攪乱された全体として不均質な岩相を示す.
写真9 化石層準直下の暗灰色泥岩.
保存のよい広葉樹の葉片や材破片が多数含まれていました.長鼻類が生息していた時期の植生を復元できる貴重な情報です.
写真10 化石層の上位の厚い中〜粗粒砂岩層(5.5m).
全体として斜交層理がよく発達し,軽石粒がレンズ状の密集部をなしています.

 

化石包含層の堆積環境

 岩相や堆積構造などの観察から,化石産地露頭の地層は,潮汐の影響を受ける海岸に近い河川(感潮河川,もしくは河口入り江(エスチュアリー)の三角洲)で堆積されたものと推定されます.中・上部の厚い砂岩は,河川の流路の堆積エネルギーの高い場所で,そして,長鼻類化石を含む下部の砂岩・泥岩互層部は,その河川の流路脇の低地(海水の流入のある氾濫原)で形成されたものと考えられます.氾濫原では普段は泥が長期間にわたって沈積しますが,洪水時には河道から砂質堆積物が溢れ出て広がるために,泥層の中に砂層が挟まれることになって,互層となるのです.

 通常の河川堆積物には,生物の活動による生痕化石が残されることは稀ですが,この砂岩泥岩互層中の砂岩には,底生生物の活動によって作られた,直径1~2cmの,泥の壁(1-2mm)をもった,地層面に対して垂直な円柱状の生痕化石が散在的ながら沢山含まれています.これは,洪水流による砂層が堆積した後の氾濫原上の砂地に,泥で壁打ちされた垂直な穴を作って棲む動物(おそらく甲殻類)が一面にいたことを示しています.これだけ多くの底生生物が生息できる環境としては,栄養供給の多い河口入り江の干潟の環境が示唆されます.

 

長鼻類化石の産状と堆積過程

 今回発見された長鼻類の頭蓋骨は,露頭面に向かって,鼻先を左方向に,頭頂部の左側をほぼ真下にして埋まっており,右側面が露頭の斜面に露出していました(写真11).右側面には一部欠損が見られるものの,変形も見られず,ほぼ完全な頭蓋骨であると思われます.欠損部は露出した後に風雨等によって削剥・風化されたものと考えられ,地層中では完全な状態で保存されていたことが推測されます.

 長鼻類の頭蓋の骨内部には,非常に粗い海綿状の空洞構造が発達しており,頭部の軽量化に役立っています。それにより頚部への負担を軽減していますが,脆く死後に壊れやすくなる原因ともなります.そのため,長鼻類の頭蓋骨は化石として保存されにくく,希に発見されても,死んでから化石となるまでの様々な過程の中で,欠損・破損してしまっていることがほとんどです.

 ところが,今回の頭蓋骨はほぼ完全な状態で保存されており,死後に壊れることなく堆積物中に埋没したことが分かります(写真12).しかしながら,確認されたのは頭蓋骨のみで,周囲から下顎やその他の骨格は確認されていません.死後,遺骸が定置した場所から,少なからず,運搬作用を受けていたと考えられます.化石包含層の堆積環境から,洪水時に河道から溢れ出た洪水流によって流されつつも,壊されることなく素早く砂質堆積物中に埋没したものと予想されます.

写真11 化石の産出層準.
露頭の下部に位置する,一組の砂岩・泥岩の砂岩部に頭蓋骨が頭頂部を斜め下に向けて含まれていた.
写真12 長鼻類化石の頭蓋骨の拡大.
露頭面で骨の保存の様子が確認できる(2011/12/13撮影).

 

化石包含層の地質時代

 地質年代の推定は容易ではありませんが,今回の化石層準の下位や上位の地層で推定された地質年代や,玉川層の大型貝化石群集と同じ群集が含まれている他地域の地層における推論を参考にして考察できます.玉川層の下位にある小貝野層中に含まれる厚い軽石質凝灰岩からは,17.3±1.2Ma(Maは百万年前)の放射(K-Ar)年代が得られています(田切ほか,2008),この小貝野層の凝灰岩に対比される,大子地域の北田気層上部の大沢口凝灰岩部層では,16.7MaのK-Ar年代が求められています(天野,2008).また,前期中新世後期から中期中新世の微化石層序研究の現況をとりまとめた最近の研究(例えば,安藤ほか,2011)によると,ビカリアを含む亜熱帯性貝化石群集の年代は1650万年前より古いと見積もられるようになっています.したがって,こうした情報を総合して,玉川層最下部の,長鼻類化石の包含層は前期中新世の末期(1650万年前頃)と予想されます.なお,詳細については今後更なる検討が必要です.

 

化石産出の意義

 常陸大宮市付近を含めた,新第三紀中新世の地層が分布する地域は,地質学的には「棚倉堆積盆」と呼ばれています.西の八溝山地と東の阿武隈山地に挟まれた,福島県棚倉町から大子町を経由して常陸大宮市や常陸太田市に至る,北北西-南南東に延びた地域です.地形的にも久慈山地と呼ばれる山地や丘陵地帯になっています.棚倉堆積盆には厚さが最大4000mを越える地層が積み重なっています.特に袋田の滝を構成する男体山火山角礫岩と呼ばれる火山岩の西側から八溝山地の間には,1750万年前〜1550万年前の約200万年間に堆積した河川や浅海の地層が広く分布しています.

 とりわけ,1750万年前から1650万年前にかけての時代は,日本列島一帯が暖温帯から亜熱帯の気候にあって,その気候に適応した特徴的な動植物の化石が産することで知られています.その代表がArcid-Potamid群集で,亜熱帯海岸のマングローブ林の繁茂する(山野井ほか,2011)潮間帯に生息していた貝化石なのです(高橋,2001).また,哺乳類化石も幾つか見つかっており長鼻類の下顎骨(国府田ほか,2003)や臼歯,およびシカ類の下顎骨が知られています.また,最近では長鼻類やシカ類,鳥類の足跡化石も発見されています(小池ほか,2007;安藤ほか,2010).

 したがって,今回の長鼻類化石の頭蓋骨の発見は,棚倉堆積盆における哺乳動物相の実態の解明に貴重な情報をもたらすものと期待されます.

 一方,今回発掘された化石標本は,ほぼ完全な頭蓋骨であることから,中新世長鼻類Stegolophodon属の解剖学的な特徴の把握や,古生態解明に大いに貢献するものと思われます.そして,ひいては前期中新世の長鼻類の初期進化や,東アジアにおける長鼻類の古生物地理の復元も可能になるでしょう.

 

今後の調査

 今後は茨城県自然博物館の国府田良樹博士(参事兼資料課長)を中心に,剖出・整形作業が行われ,解剖学的な検討が行われる予定になっています.

 化石産出層周辺の堆積学的な調査は,安藤研究室で引き続き行われる予定です.

 

報道

 今回の発掘の様子は,12月15日(木)午後1時半から行った現地説明会に報道各社の記者が集まったため,その日の夕方の放送や,16日(金)の朝刊,ホームページ等で大きく報じられました.NHKやテレビ朝日のテレビ放送,茨城・朝日・読売・毎日・産経新聞,時事通信をはじめとする報道機関のインターネット・ニュースサイトや,YahooやGoogleなどのインターネット検索サイトで紹介されています.

 特に, 12月15日(木)夜(6:10-,8:45-)のNHK水戸放送局による茨城県域ニュースでは,安藤教授がインタビュー出演し,化石発見の意義についてのコメントをしました.また,各新聞やインターネットニュースにも2〜3行のコメント文が紹介されました.

 

文献

天野一男,2008,3.4.3棚倉地域.日本地質学会編,日本地方地質誌3,関東地方.pp. 206-214,朝倉書店,東京.

安藤寿男・小池 渉・国府田良樹・岡村喜明,2010,茨城県大子町滝倉の中新統浅川層から発見された大型哺乳類足跡化石群とその産状.茨城県立自然博物館研究報告,13, 1-21.

安藤寿男・柳沢幸夫・小松原純子,2011,常磐地域の白亜系〜新第三系と前弧盆堆積作用.地質学雑誌,117,補遺,49-67.

国府田良樹・柳沢幸夫・長谷川善和・大塚裕之・相沢正夫,2003,茨城県桂村で発見された中期中新世Stegolophodon属(長鼻類)の下顎骨化石.地球科学,57,49-59

小池 渉・安藤寿男・国府田良樹・岡村喜明,2007,茨城県大子町の下部中新統北田気層より産出した哺乳類および鳥類足跡化石群の産状と標本.茨城県自然博物館研究報告,10, 21-44.

田切美智雄・青井亜紀子・笠井勝美・天野一男,2008,大子地域中新世火山岩類の化学組成とK-Ar年代-大子地域と茂木地域に産する新第三紀火山岩類の組成・層序対比.地質学雑誌, 114,300-313.

高橋宏和,2001,棚倉破砕帯のArcip−Potamid群集.生物科学,53,168-177.

山野井 徹・斎藤喜和子・小笠原憲四郎・永戸秀雄,2011,茨城県北部浅川層(中部中新統)から熱帯性マングローブ花粉化石の産出.地質学雑誌,117,538-543.

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2)茨城県北部の棚倉堆積盆における新第三紀中新世の足跡化石群

論文A-32,35

足跡化石発掘調査現地説明会.新第三紀中新統北田気層大沢口凝灰岩部層.茨城県大子町頃藤大沢口(2005年3月) 足跡化石産地全景.I~IVの区域の地層面上に足跡百数十個が密集(2005年3月)
足跡化石含有砂岩ブロック切断面による足跡化石の3次元形態復元(茨城県自然博物館第46回企画展「姿なき化石-足あとから過去をひも解く」,2009年7-9月;小池ほか,2007)
地層面上の哺乳類(偶蹄類)および鳥類足跡化石の分布と行跡.(小池ほか,2007,図13)
足跡化石発掘調査,地点1.新第三紀中新統浅川層.茨城県大子町頃藤滝倉川.(2009年3月) 奇蹄類足跡化石.河川堆積相の地層面基底の底痕として足跡化石のキャストが露出
地層面上の足跡化石の分布スケッチと進行方向(矢印).(安藤ほか,2010)
足跡化石の産状三態.(茨城県博第46回企画展図録;安藤ほか,2010)

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